僕の妹が夏目漱石にケンカを売っている
「 (略)しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。(略)」
なるほど。
素晴らしいお言葉ですね。漱石さん。
さすが教科書に載るだけありますわ。
さすが斜め45°を眺めるだけありますわ。
しかしね、聞いて下さいよ。漱石さん。
少しだけ僕の話に付き合ってくれませんか。
僕も風呂上がりで髪を乾かしもせず、こうやって机の前に座ってるんです。
斜め下ばっか見てないで、僕の目を見て話を聞いて下さい。
さっきね、妹がね。なんだか騒いでたんですよ。
ああ、僕には二つ年の離れた、大学生の妹がいるんですよ。
分かりますよ、興味ないですよね。
でもまあ聞いて下さい、僕も前髪を濡らしたまま机に向かってるんですから、少しぐらい付き合って下さいよ。
普段は使わないカチューシャで邪魔な前髪をかき上げて、こうやってあなたに向かってるんですからほんの3分ぐらい良いじゃないですか。
まあ妹と呼ぶのも面倒なんでね、私は妹の名をここにMと呼んでおきます。
で、そのMが風呂から上がってくるなり、騒いでるというか、なんかキレてたんですよ。
ほんで何にキレてたかっていうとね、自分の下着が今着けたいやつじゃないとか言ってるんですよ。
なんのことだか分からないと思うので、もう少し説明を加えますね。
Mはね、いつも風呂上がりに着るもの全てをね、自分で用意するのではなく、母親に準備させるんですよ。
自分が入浴してる間に、風呂の前に置いとかせるんですよ。
これで彼女ね、大学生らしいですよ。
可笑しいでしょ?
まあこれだけでもMは異常なんですがね、あろうことか、Mはその準備させた下着が、自分の思ってたのと違ってたからブチ切れてたんですよ。
ブチ切れですよ。ブチの切れです。
この状況でブチの切れできます?みなさん。
僕はできません。
これで彼女ね、大学生らしいですよ。
義務教育を3年以上前に終えてるんですって。
大学でなんか専門的なことを学んでるんですって。
ふざけんじゃねえよ。
てめえが今学ぶべきことはそんなことじゃねえ。
てめえが学ぶのは母の愛だ。
とりあえず「明日、ママがいない」を全話見ろ。
韓流恋愛ドラマを見ていいのはそっからだ。
僕はもうね悲しくなっちゃったんですよね。
悲しみのあまり、こうやって濡れた髪をカチューシャで応急処置的に押さえて、ここで嘆いているんです。
漱石さん、ホントに平生はみんな善人なんですか?
僕は違うと思いますよ。
Mは鋳型に入れたような悪人ですよ。
Mに比べれば、「こゝろ」に登場する先生の叔父さんなんか鼻くそですよ。
Mがフリーザレベルの悪なら、叔父さんはキュイとかですよ。
覚えてます?キュイ
何が一番悲しかったってね、Mが風呂に入っている間に、準備をしていた母はね、Mの部屋に電気を付けずに入ったもんだから、散らかった床に無造作に転がる鞄の金具を踏んでしまって、とても痛がってたんですよ。
それを知ってる僕はMの怒りの声を聞いてると胸が張り裂けそうになりましたよ。
とまあ、こんなことばかり言ってたら、また妹の野郎がなんかキレて騒いでますわ。
うん、なんだなんだ、うん、うん。
なるほどね。
はいはい分かりました。
今度はなんかね、カチューシャがねえとか言ってキレてますわ。